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あの虹のむこうに行こうと君はいった⑲

こんにちは。
や~っと読めましたよ、がっす12月号!♪───O(≧∇≦)O────♪
あたしゃ、森永君の背中に羽が見えちまいましたよ、ほんとに。なんなんでしょうね、あの可愛い生き物は!
感想はまた別の機会においといて、今回も連載の続き。これ含めて、あと三話で終わりです。










 二人が栗林でフークシマからの便りを待とうと決めてから、早半年が過ぎた。
 この半年の間にヤマグチの元には兄からもフークシマからも、そして無論ソーイチからもアスランについて記された文が届くことはついぞなく、アンカシェルとヤマグチは心の内にモヤモヤとしたものを抱えながら、それでも気長に待とうと何度も自分の心に言い聞かせてるしかなかった。
 だが皮肉なことに、彼らが待ち望んでいたものとはまったく異なる知らせが、祈りの塔へと密やかに届けられていたのだった。



 神官たちと食卓を囲んでいたある朝、アンカシェルはふと首を傾げた。食卓の上に並んでいるのはほぼ毎日変わらないこの島で採れた野菜中心の献立で、食卓を囲む人も一緒。もちろん場所も時間もかわりはしない。珍しくもない見慣れた朝の光景なのに、なぜか違和感のようなものを覚えたのだ。周囲の人間に変わった所は見られない。自分はといえば夕べはよく眠れたし、食欲もある。自身の体調の問題でもなさそうだ。
 アンカシェルは訝しく思いながらも取り立てて気にするほどの事でもないと自分に言い聞かせ、違和感もろとも口中のものを全てのみ込むと、今日の作業計画を頭の中で組み立て始めた。

 そんなことがあった日の午後、アンカシェルは違和感の正体のようなものが分かった気がした。どこか華やいだ空気なのだ。わくわくと浮き立つような気持ちと言ってもいいかもしれない。そのようなものが神官たち一人一人から発せられ、渦のようになってこの塔を取り巻いている。そしてその空気にアンカシェルだけが染まれない、ひとり取り残されているような気がするのだ。

―――彼らの間でなにかあったのでしょうか。それともこの島の外のことで?


 気にはなったが自分には関係のないことかもしれず、またそれを尋ねる勇気も持たず、アンカシェルは落ち着かない気持ちを抱えながら決められた務めをこなしていた。だが、神官たちの傍にいるとどうしても気にかかってしまう。そこで、塔の外にでも出れば気分も変わるだろうと早々に畑の仕事を終え、森に行くことにした。
 畑仕事で使用していた道具を納屋にしまって傍の壁にもたれかかると、くたびれた身体を少しだけ休めた。今日は肉体よりも精神の方が疲弊した気がする。目を閉じ、外から聞こえてくる鳥の鳴き声や塔内で働く神官たちのたてる物音などを聞くでもなく聞いていた。そうしているうち、中庭で野菜を洗っている神官たちの会話を何気なく耳が拾ってしまったのだ。

「――――――だけど良かったよな、陛下もさぞお喜びだろう」
「そんなの大喜びに決まってるって!なんといってもめでたいご婚儀なんだからな。オレたちもこの目で見られないのは残念だけど、それはもう華やかで盛大なお式だったらしい」
「ぼくたちもまだ王都で暮らしていたら、遠くからでもお后様のお姿を見ることができたのになー」
「言ってもしょうがないだろう。それにオレたちのような身分の者が王宮に入れるわけもないしな。たとえ王都にいたって無理だよ、むーり」
「それはそうだけどさ、でももしかしたらって思ってしまうじゃないか!あ~あ、それにしてもアンカシェル様に黙っているのも辛いよな。王宮では王族の方とずっと家族のようにお暮らしだったっていうじゃないか。ご婚儀の事をお知りになったらきっとお喜びになるだろうに」
「ああ、それは優しいアンカシェル様のことだ、心からお喜びになるに違いないけど。だけど神の巫女たるアンカシェル様には、オレたち人の世界の出来事をお耳にいれてはいけないという教えがあるのだから仕方ないじゃないか」
「そりゃあ、仕方ない事だって分かっているけどさ。でも、王家の方にとっても、ぼくたち国の民にとってもおめでたい話なのに、アンカシェル様と一緒に喜べないなんて残念―――」




―――ご婚・・儀?


 明るい昼日中だというのにアンカシェルは真っ暗闇の中、自分の身体からあらゆる感覚がなくなったような気がした。いま自分がどこにいるのか、地の底なのか空の果てなのか、立っているのか浮いているか、それすらわからなくなり、力の入らない身体を壁に預けて錨をおろし、自分の身体がどこにも行ってしまわないように備えた。余計なことは考えまいとぎゅっと目をつぶり、胸に手をあて自分の心音に集中する。鼓動が落ち着くのをしばらく待ってから、そろそろと目を開け周りを見渡してみる。そうしてここが地の底でも空の果てでもなく、まだ狭い納屋の中にいることを確かめると、ほぅーと安堵の息を吐いた。
 一時の衝撃が去り、アンカシェルの身体に感覚が戻って来た。それとともに外の音が再び耳に入り込んでくる。若い神官たちの話題は今はもう婚儀の話ではなく、夕餉の献立など他愛もないものに変っていて、アンカシェルが近くにいることにも気付かず、楽し気に笑っていた。
 アンカシェルは陽気に笑う彼らに気付かれぬよう、そっとその場を離れていった。





 早足で進むアンカシェルのあとを黙々とヤマグチが続く。
 いつもの二人なら塔ではできない話をして笑い合ったり、どちらがより沢山の収穫があるか競い合ったりと、まるで単なる友人との外出のように賑やかな道のりなのに、今日は二人とも気まずそうに距離をおいていた。

「アンカシェル様・・・・」
 先に我慢できなくなったのはヤマグチの方だった。
「あの、アンカシェル様にお伝えしたいことが・・・」
 おずおずと話かけると、少し前を進んでいた足が止まる。
「よろしいのですよ、何もおっしゃらなくても」
「でも、アンカシェル様も塔のみんなの様子が気にかかっていらしたんでしょう?実際のところ何があったのか、お知りになりたいのではありませんか?」
 よく気のまわるたちのヤマグチは、やはりアンカシェルの様子がおかしいことにも気付いてくれていたようだ。
「たとえなにがあろうとも、わたしはこの地でこの国の民と、王家の方たちの更なる幸福と安寧をお祈りするだけです」
 アンカシェルの返事に、ヤマグチは虚をつかれたような顔をした。
「―――ご存知だったんですか?もしかして誰かからお聞きに?」
「いいえ?誰からも何も聞いてはいませんよ。ただ、なんとなく・・です」
「なんとなく、ですか?」
「ええ、なんとなく、です」
 そう言って寂しげに微笑むアンカシェルの顔は見ていられない。なんとか励まして差し上げたいと焦りに焦り、ヤマグチの口をついてでた言葉がこれだった。「ソーイチ殿下とは、どのようなお方なのですか?」
 とうとつな問いに、アンカシェルはパチパチと目をしばたいた。
 その顔を見てしまったと思ったが、もう後にはひけない。ヤマグチは続けることにした。

「わたしは貴族でもなんでもない平民の出でして、王族の方のお姿をお目にかかる機会などまずございません。せいぜい噂話を耳にするくらいのものです。ですから、王家の方と家族同然の暮らしをされていたアンカシェル様がどのようなお暮らしだったか、わたしたちにとっては雲の上の存在である王族の方とはどのような方なのか、実はずっと前からお訊きしてみたかったのです」


―――ソーイチ様と一緒にいた頃のことを?

 
 いまはソーイチのことも、王宮での日々もなにも考えたくはなかった。すでに塞がったと思っていた古い傷跡がぱっくりと口を開き、新たな血を流させるようなことしたくない。なぜ突然そんなことを言うのだと、ヤマグチのことが憎らしく思えるほどだ。
 なのに―――話したい、誰かに聞いてもらいたい。そんな欲求が込み上げてくるのも不思議なことにまた事実なのだ。
 アンカシェルはこの相反するふたつの感情の間で揺れていた。だけど、ふと上げた視線がヤマグチのまっすぐな視線とぶつかった瞬間、心の秤が一方に傾くのを感じた。
 ソーイチ様と二人で過ごした日々を、自分以外の誰かにも知っていてもらいたい。あの幸せだった日々が、もう手の届かない、はるか遠くに行ってしまう前に。


「初めて王宮に上がった日、池で溺れて死にかけました」
 何の前置きもなく、とうとつに始まった思い出話にヤマグチは大きく目を見開いた。

 え?―――池で溺れて死にかけたって・・・誰が?

「あの日はお天気が良くって、ソーイチ様とわたしは初顔合わせのご挨拶を済ませた後、二人で王宮の中庭に遊びに出たのです。わたしは王宮にあがって初めて王族の方のお目通りをするってことで、こう・・・幾重にも衣装を重ねられ、ごてごてと飾り付けられ、神官服がひどく重かったことを覚えています。その衣装のまま池に落ちてしまったものだから上手く浮かぶことも出来ず、ばちゃばちゃ足掻いていると鼻や口から水が入ってくるのです。もう苦しくって悲しくって、このまま死んじゃうのかなって子供心に思いました。ですが、溺れるわたしをソーイチ様が水中から掬い上げて下さいました。あの時のソーイチ様の必死なお顔を、わたしは一生涯忘れることはないでしょう」
 アンカシェルが懐かしさに目を細めながら、ふふっと小さく笑った。
「そ、それで、大丈夫だったのでございますか?」
 ヤマグチが顔を青ざめさせながら尋ねる。
「ええ大丈夫でした」この通り、ぴんぴんしてます。とアンカシェルが自分の胸に手をおいた。
「ソーイチ様に助けていただき、わたしは無事に地上へと生還できましたが、実はその後もいろいろと大変でした。なんせわたし達二人とも全身濡れネズミで、おまけに濡れた衣装には草や土なんかが纏わりついていて、ひどくみっともない有様だったのですから。王宮内をぽたぽた雫や葉っぱなどを落としながら歩いていると、官吏や女官たちから何事かという目で見られてとても恥ずかしい思いをしました。おまけにわたし達二人はソーイチ様の養育係の方にこっぴどく叱られてしまいました。それでもあの騒動のお蔭で、わたしはソーイチ様と近しくなれたのだと思っています」
 ここで一旦くちを閉じたアンカシェルは、ヤマグチの驚いた顔をみて自分の話がいきなりだったことに気が付いた。
「申し訳ありません。なんの脈絡もなく始めてしまいましたね。こんな話を人にするのも初めてなもので、つい頭に思い浮かんだことをそのまま口に出してしまっていました」
「あ、いいえ、そんな。・・・確かに驚きはしましたが、とても興味深く聞かせていただきました。それに殿下と巫女様の初対面が、まさかそんな大騒動だったとは思いもしませんでした」
「普通はもっと厳かなものだと思いますよね。それがいきなり池で溺れるなんて!わたしは六つになる前で、殿下は七つで危うく命を落とすところでした」
 アンカシェルは、あははと声をだして笑っていた。ヤマグチは嬉しくなってしまい、前に身を乗り出すとさらに尋ねた。
「それからはずっと一緒にお暮らしに?」
「ええ、その対面の後、わたしは王宮に移り住みました。陛下はいつもご政務にお忙しくされていましたので同じ王宮で暮らしていてもあまりお会いする機会はなかったのですが、ソーイチ殿下とは毎日一緒にまるで兄弟のように過ごさせていただきました。おぼれた池では、その後も懲りずに蛙を捕まえたり水遊びをしたりしていましたね。殿下もわたしも学校には行きませんでしたが、毎日様々な専門家の先生に来ていただいて、ご教授いただきました。そのうちのお一人がフークシマ先生だったのですが、先生はとても厳しいお方で、天気の良い日にそわそわと外を気にしていると「集中しなさい」とよく叱られたものです」
 アンカシェルの口から王宮での暮らしが聞けるこんな機会、もう二度とないかもしれない。ヤマグチは夢の国の物語のような話に瞳を輝かせた。
「陛下は厳しく威厳のある方でしたが、その一方で子煩悩でとても優しいお父上でもありました。お忙しい中、時間を見つけてはソーイチ様に会いにこられて施政や国の今後について語らったり、かと思うと、他に遊び友達のいないわたしたちに色んな遊びを教えてくださいました。実はわたしも何度か陛下の肩車に乗せて頂いたことがあるのですよ。陛下は政務官たちには内緒だよ!と笑いながらわたしを肩に担ぎ上げてくださいました」
 アンカシェルはそう言うと、茶目っ気たっぷりにウインクをよこした。
 ヤマグチはドギマギとして自分の拳をぎゅっと握りしめる。
「そしてソーイチ殿下は強くて賢明で自分に厳しいお方でした。でもとても優しく美しい人です。姿形だけでなく、その魂も大変美しい人でした。国のことを思い、どうすれば民が幸せに暮らせるかということを、いつも一番にお考えでした。ソーイチ様はご自分の全てをこの国に捧げていらっしゃったのだと思います」
 息をつめて聞いていたヤマグチは、耐え切れずにほぉと息を吐いた。
「わたしたちは素晴らしい方を王に戴くことができた、とても幸せな国の民なのですね」
「ええ、わたしもそう思います」
 ヤマグチの飾り気のない言葉に、アンカシェルは心から嬉しそうに微笑んだ。
 そのときヤマグチは、とつぜん泣き出したいような衝動に襲われた。

―――ぼくがこの身を捧げたのは神と神の巫女たるアンカシェル様にだけど、アンカシェル様ご自身がその身を捧げられたのは神にではなく、まったく別の存在だったのかもしれない。

 アンカシェルの笑顔を瞳に映しながら、ふとそんなことを思ったりした。

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